作品紹介
公開年月 | 2011/06/17 |
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ジャンル | SF/ホラー |
原作 | なし |
監督 | ヴァロ・ヴェントゥーリ |
脚本 | ヴァロ・ヴェントゥーリ、M・ルイス・フスコーニ |
製作 | ヴァロ・ヴェントゥーリ、M・ルイス・フスコーニ |
製作国 | イタリア |
鑑賞方法 | レンタルDVD |
あらすじ
エイリアンにアブダクトされた人々を研究していたダヴィデ教授は「太古の昔にやって来たエイリアンが人間の遺伝子に彼らの記憶を埋め込んでいる」と学会で発表する。
そこでダヴィデ教授は自分もアブダクトされたと称する美女サトゥルニアに出会う。
ダヴィデ教授はサトゥルニアに後退催眠をかけると、彼女の中に眠っていたエイリアンの魂を呼び起こしてしまう。
凶悪なエイリアンの魂に衰弱するサトゥルニアから追い払おうとダヴィデ教授はエクソシストのプラトン神父に依頼するのだった。
登場人物&出演者
・ダヴィデ教授(演:マッシモ・ポッジョ)
エイリアンのアブダクトに関する研究をする教授。元妻や学長から白い目で見られている。
マッシモ・ポッジョは代表作に『モンテッソーリ/未来を育んだ教育者』、『シンデレラ』などがあります。
身近の人々から理解を得なくても、アブダクトされた人々からは頼りにされている。
そこに魅力的なサトゥルニアが現れ、研究を超えた関係を持ってしまう。
母親がアルツハイマーを患い、その治療薬を交換条件にサトゥルニアをエイリアンに引き渡すように言われる。
・サトゥルニア/ヘクサボル(演:ラウラ・グラヴァン)
ヒロイン。エイリアンにアブダクトされた過去を持ち、ダヴィデ教授に接触する。
ラウラ・グラヴァンはテレビドラマシリーズで活躍し、本作が映画デビューとなります。
最初からダヴィデ教授と肉体関係を持とうとする不気味なビッチにしか見えなかった。
実はドイツ系イタリア人の貴族であり、一族は闇社会を牛耳っているらしい。
エイリアンであるヘクサボルに意識を乗っ取られた後は更に不気味な雰囲気を漂わせる。
・エレナ(演:マリーナ・カザンコヴァ)
ダヴィデ教授の助手。遺伝学者で言語学者でサトゥルニアの実験を中止するべきと訴えた。
マリーナ・カザンコヴァは代表作に『Dukhless』、『Zakrytaya shkola』があります。
レオと違って有能な助手で、ヘクサボルからお褒めの言葉をもらっている。
・レオ(演:ルドヴィコ・フェレモント)
ダヴィデ教授の助手。化学者としてダヴィデ教授の研究に一躍を勝っている。
ルドヴィコ・フェレモントは代表作に『Scrivilo sui muri』、『Natale a Rio』があります。
サトゥルニアを眠らせる役割としてヘロインを投与するも途中から嫌気が差してしまう。
・トリスメギスト(演:ヴァロ・ヴェントゥーリ)
エクソシスト。イエズス会に背を向けた異端の神父でダヴィデ教授たちを助ける。
ヴァロ・ヴェントゥーリは本作の監督と脚本を務め、俳優としても活躍しています。
ダヴィデ教授の良き理解者で人智を越えた出来事にも冷静に対処している。
典型的な出たがりの映画監督として、本作でやってしまった感じがありました。
感想
個人的な評価
本作も一応は『vs』シリーズの1本だが、ちょっとばかり事情が違う。
内容は至って真面目でかなりお堅い構成となっています。
つまり、邦題だけが遊んでいる感じで、タイトルと内容がまったく合致していません。
それに加えて、内容は特殊な知識が必要な小難しい設定が詰まっています。
基本はエイリアンについての内容だが、他に聖書やフリーメイソンにまつわるモノが出る。
本作は分かりやすい娯楽作ではなく、予備知識を必要とする意外にも難しい設定。
流れとしてはエイリアンに人格を乗っ取られたサトゥルニアを助ける事だが、ダヴィデ教授たちは世界を巻き込んだ大きな物語に発展していく。
どうやら本作は最初から分かりやすく説明などせず、製作側の考え出した設定をただ見せようという印象を持った。
タイトルにあるエクソシストは登場するが、ギリシャ人のロリコンで、エイリアンに乗っ取られたサトゥルニアに言い負かされてしまう。
エクソシストは単なるオマケにすぎず、解決の道を示すのは科学の力という流れになる。
やたらと小難しい言葉を使っているけど、結局やっている事はサトゥルニアの体を乗っ取ったエイリアンの排除。
あとは監督の趣味趣向を劇中に使っているだけで、完全なる自己満足の作品だと感じた。
そもそも、本作にはエンターテイメント性がほぼないので、尚更自己満足に感じる。
そうなってくると、クライマックスに至るまで退屈で非常に眠くなるような構成である。
それでクライマックスにはちょっとした銃撃戦があるけど、暗い上に激しいカット割りのせいで何が起きているのか分からない。
小難しい言い回しや設定を使ってごかましているだけに過ぎず、中身はほとんどないのが最大の欠点と言えるだろう。
しかも、観ている側を意識するより製作側の自己満足で完結している点も頂けない。
本来、映画はどんな難しい事も分かりやすく説明するのが正しい演出だと思う。
何を勘違いしたのか、簡単な事をワザと小難しくしている本作は根本的に真逆な演出をする。
これは中二病を患ったガキにしか見えず、ずっと恥ずかしい演出をしている残念な製作側、特に監督の考え方が痛々しすぎた作品でした。